エストニアのカリユライド大統領は、同国が展開する電子国民プログラムe-Residencyの次なる構想”e-Residency2.0”のホワイトペーパーを18日、首都・タリン市内で発表しました。世界初の電子国民プログラムを提供するなど、「電子国家」として名高い同国が、さらなる躍進に向けて動き出した形です。
2014年のリリース以来、これまでに165カ国から約50,000人のe-Resident(電子国民)が誕生してきた同プログラム。
従来のe-Residencyは、エストニアの電子政府システムの一部を自国民のみならず全世界に開放することで、欧州内に安価かつ迅速に会社を設立できる手段として利用されてきました。既に6,000社が設立されており、同国への経済効果は17.8Mユーロ(約23.1億円)と非常に大きなインパクトをもたらしています。
しかしこれからは、e-Residencyを単なる電子政府へのアクセス手段として捉えるのではなく、エストニア、そして全世界を巻き込んだコミュニティを形成するための「プラットフォーム」を目指す方針です。
e-Residency2.0のコアコンセプト
今回発表されたホワイトペーパーの中では、e-Residency2.0のコアコンセプトとして、安全性、有益性、利便性の3つを掲げています。
①Secure –安全性–
データの通信手段をより安全なものにし、データの管理方法についてもより安全な手段を採用する
②Beneficial –有益性–
e-Residentに実際のビジネスに繋がるような機会をもたらし、エストニア文化をe-Residentに更に知ってもらうような取り組みを展開する
③Convenience -利便性–
e-Residencyのシステムを全体的に改善し、よりユーザーフレンドリーなサービスを提供することを目指す
これらの3つのコンセプトに基づいて、今後のアクションプランに関する49の指針がホワイトペーパーには示されています。
コアコンセプトに基づいた49の指針
では実際に各ジャンル毎に抜粋して紹介していきましょう。
未来の電子国民
Who are Estonia’s future e-residents?
- 政府と民間が連携し、e-Residentの活動に関する詳細データを取得・管理できるような仕組みを整備する
- e-Residentを悪用するユーザーの数を、全体の0.1%に留めるように対策を強化する
- より多くの女性起業家をe-Residencyコミュニティに誘致する
エストニアは男女の格差ランキング(2018年版)で33位と健闘していますが、2位のノルウェーや4位のフィンランドなど他の北欧諸国に比べると遅れを取っているような状況です。それを実際の世界のみならず、電子国家上でも是正しようという点に強い意志を感じます。
ビジネス環境
Business Environment
- 基本的な情報のみならず、サービスの詳細や、会計処理に必要なルールなど、必要な書類を順次英語資料に翻訳する
- エストニアの名産品を国外に輸出できるようなマーケットプレイスをe-Residencyウェブサイト上に整備する
- 現地在住のローカルに質問できるようなプラットフォームを整備する
- 引き続き提携金融機関を増やし、多様な選択肢をe-Residentに提供する
2018年12月には、e-Residentが連携できる銀行口座について、従来のエストニア国内の金融機関のみという枠組みを撤廃し、欧州全域に拡大しました。従来ボトルネックとなっていた課題を解消し、一気に利便性が高くなるようなサービスを開発する方針です。
法的環境
Legal environment
- e-Residentの出身国のデータベースと連携し、危険人物を早い段階でスクリーニングできるシステムを整備する
- 専門機関と連携してマネーロンダリング対策を進め、世界でマネーロンダリングのリスクが最も少ない国の一つになることを目指す
- 申請時のバックグラウンドチェックを改善し、必要な事項については追加でヒアリングを行う
エストニアではダンスケ銀行のエストニア支店で、最大26.3兆円とも言われるマネーロンダリングがあったことが2018年に明るみになり、国を揺るがすスキャンダルとなっています。外国人に門戸を開放したことによって、より高いリスクを含むe-Residency制度だからこそ、徹底したマネーロンダリング対策を講じていくという姿勢を伺うことができます。
テクノロジー
Technology
- 既存の電子署名、モバイルIDのシステムの上位互換となるような認証システムの可能性を検討する
- e-Residentがより簡単にX-Roadのエコシステムにアクセスできるようなシステムの可能性を検討する
- 政府レベルで、テクノロジーの専門家との意見交換を続け、例えばAI e-Residency,ブロックチェーンベースの認証システム、コミュニティ内で利用できるEstcoinトークンの可能性を検討する
日本からも注目されているEstcoinがここで言及されています。以前の発表にあったような国の公式通貨としてのエストコイン計画は頓挫していますが、e-Residencyのコミュニティ内で利用されるトークンとしては、ますます実現が近づいているのではないでしょうか。
文化と社会
Culture and society
- エストニアの政府観光局と連携し、エストニアの主要イベントの情報を継続的にe-Residentに提供する
- 「ワーク&ホリデー」のようなパッケージを整備し、エストニアの主要都市ならず、地方都市へとe-Residentを誘致する
- エストニアの2030年計画と連携し、2019年までにアクションプランの草案を作成する
e-Residentになることによって、エストニアという国そのものに興味を持つ人が少なくありません。したがって観光分野とも強固な連携体制を確立し、より多くのe-Residentをエストニア全域に誘致する思惑です。
電子国家の進撃は止まらない
e-Residencyは2018年12月でリリースから丸4年が経過しました。現在ではアゼルバイジャンやシンガポールなど、世界の国々が次なる電子国民制度をリリースするべく、動きを活発にしています。その中で打ち出された今回の”e-Residency2.0”構想は、先行者優位を確実なものとし、世界初の電子国民制度を更に充実させる大きな一歩となることでしょう。
とはいえ、今回発表されたのはあくまでもホワイトペーパーであり、注目度がこれまで以上に高くなった今、エストニア政府、そしてe-Residencyチームにはプランに沿った質の高い実行が求められます。
エストニア政府のアドバイザーを務めるBlockhive CEOの日下光氏も、
「PRと実態の乖離は期間が長いと支持者が離れていくので、今回の発表をどこまで具体的な実行プランに落とせるかが来年の鍵だと思います。」
とコメントしています。
電子国家が世界に名を轟かせる大きなきっかけとなったe-Residencyプログラム。第二章の展開に注目が集まります。
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